横綱稀勢の里からの相撲ひとりごと

稀勢の里が3連勝という記事を見ての所感。相撲自体は初日ラジオで聞いただけなのですが、今年の初場所を見る限りもう無理かと思っていたので、現時点の結果でも驚きを感じています。せっかく横綱になったので、もう少し実績を積めるよう頑張ってほしいところです。

 

私が相撲を見始めたときの横綱というとなんといっても千代の富士

ちょうど双羽黒が廃業したころなので、北勝海大乃国との3横綱(全員北海道出身)という時代でした。それに大関小錦旭富士、北天祐、朝潮といったところです。当時、最強と言われた7勝7敗の朝潮(苦笑)が何とも言えない。大乃国も弱い横綱というイメージしかないな。

この時代からの横綱を振り返ると、きれいに引退したのは、千代の富士、曙くらいか。特に曙は個人的に好きではなかったのですが、引き際は最高の評価です。

大乃国北勝海旭富士若乃花貴乃花(復活場所で引退してればきれいだった)、武蔵丸と晩節を汚した横綱が多い印象です。そして、朝青龍日馬富士は・・・。

まあ、昭和でも早々引き際がきれいな横綱は少ないですけどね。鏡里栃錦、初代若乃花佐田の山大鵬、輪島(甘く見て)くらいか。

横綱といえども、引き際は難しいということですね。

 

こう書いていて思ったのですが、横綱だけでなく、大関もきれいに引退した力士は減っています。陥落してしばらく粘った力士のなんと多いことか。これも時代の流れかといいたいところだが、昭和20~30年代も同様で、当時は弱くなったら落ちればいいと言われていたようです。

 

昭和20~30年代は、松登、若羽黒、大内山、三根山、名寄岩、佐賀ノ花あたりは大関陥落しても現役を続けていました。

昭和40年代だと、前の山、大受くらい、昭和50年代は魁傑、60年代は琴風と少なかったのが、平成に入ると霧島、小錦貴ノ浪、出島、雅山琴欧州把瑠都琴奨菊照ノ富士(かわいそう)とやたらと増えています。

※復活した力士は除く

これを見ると、力が落ちて陥落しても頑張って幕内に残ったケース(小錦、霧島、琴奨菊貴ノ浪)、若いうちに勢いで上がって実力が見合わなかったケース(出島、雅山)、ケガが原因で力が落ちたケース(琴欧州把瑠都照ノ富士)に分けられます。

 

照ノ富士は若いので、来場所は三段目に落ちますが、来年の今頃は幕内で見られるよう、宇良とともに頑張ってほしいと思っています。

 

相撲について書いたのは初めてですが、毎月「相撲」誌を愛読し、古本屋で昭和30年代からの雑誌をかき集めていた過去もあるくらいのマニアです。なので、スイッチが入ったら、また相撲について書こうと思います。